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「Yes, I am Japanese」【旅の途中で】

by 古性 のち

「Are you Japanese?(あなたは日本人?)」

同じ旅人、すれ違う人、宿のスタッフ、可愛い雑貨屋の店員さん、そして同じ日本人にも。

旅にでると数え切れないほど、この質問をされる。

わたしも、当たり前のように答える。

「Yes, I am Japanese.(はい。わたしは日本人です)」と。

恥ずかしながらいままでわたしは自分を、

「日本人である」と強く意識したことはあまりなかったし、そこに特に疑問を持たないで生きてきてしまった。

だって国内にいれば日本人であることは当然で、こんな質問してくるお店の人も、いない。

わたしは個人の看板、そして会社の看板を背負って生きている。

わたしの視野はその程度だったし、それで十分だった。

だけれどわたしは旅にでた。

その瞬間、その国を旅する旅人ひとりひとりが「日本」という看板を背負い、誰かの「日本代表」になり得るであろうことを、強く意識することになる。

そう。

「I am Japanese」であり、「I am Japan」なのだ。

「日本人は、なぜ日本のことをよく知らない?」

日本が大好きで、何度も足を運ぶノルウェー人のアリが私にたずねてきたのは、運ばれてきたチャイが大分ぬるくなった頃だった。

その日、特に予定もなくインドの町をぶらぶら歩いていたわたしを、お茶にさそってくれたのがアリだった。

清潔な身なりに綺麗な英語を話す、こざっぱりとした青年。

普段はクローズしてしまうのだけれど、なんとなく、誰かと話をしたい気分だったわたしは、その誘いを受けることにしたのだ。

わたしたちは、静かに向かい合って座った。

誰もいない、がらんとした午後のカフェには、けだるい店員のあくびと、外を行き交う車のクラクションが響きわたる。

目の前の青年が、あまりにも日本の文化に詳しいことにおどろいて、

「すごいね!」といったことが、話がはじまったきっかけだった。

「君は、僕をすごいというけれど」

アリがタバコを燻らせながら、ゆっくり続ける。

「なぜ君たちの多くは、政治に興味を持たない? なぜ君たちの多くは、文化に興味を持たない?

なのに、ほとんどの日本人は他の国より日本が最高だと言う。

どうして、一体何を見て、何を知って」

「好きだと言うの?」

思いがけないその質問に、しばらく首をひねる。

でも、なにも言葉が見つからない。

「うーんわからない。でも・・・好きだよ」

曖昧な、返答にもならない、そんな答えが口をつく。

ああ。何かもっと言いたいのに。何もきっと見つからないのは。

わたしが”日本”という”国”に対して、いままで真剣に向き合ったことがなかったからだろう。

「僕は、日本人がとても羨ましいんだ」

アリが続ける。

「君たちが今いる国は本当に素晴らしいよ。そのことを、知ってほしい。

僕もできることなら日本に生まれたかった。そう思ってる。

だけれど僕はノルウェーに生まれた。だから一生懸命に、ノルウェーという国に真剣に向かい合っているし、勉強してる」

「君たちもまた、目を背けないで、まずはいま、日本になにが起きているのか、何が失われようとしているのか、なにが素晴らしくて、なにが素晴らしくないのか。それをきちんと知る必要がある」

「それは、日本という国を選んで生まれた、君たちの義務なんだよ」

「選ぶ・・・?」

思いがけない言葉に、わたしはポカンとなった。

アリは That's right(その通り)とウィンクすると、冷めたチャイを飲み干す。

それが合図のように、それ以上、その話について触れることはなく、ゆるやかに話題は旅の話へと移行した。

わたしたちは、自らがその国を、両親を、“選んで生まれてきた"

彼とさよならをしても、インドを抜けてフィンランドにわたる飛行機の中でも、

その言葉はなぜか、わたしの心に棘のように突き刺さり、なかなか抜けてくれなかった。

彼と出会ったことで、何かが劇的に変わったわけじゃない。何か特別なことを決意したわけでもない。

だけれどわたしの中に、いままで生まれたことのない感情が、ちいさく、ちいさく、膨らんでいく。

わたしは

自分のためでなく、日本のためにやさしい人でありたい。

自分のためでなく、日本のために語学を勉強したい。

自分のためでなく、日本のために文化を知りたい。

そしてそれを、ただ誰かに、伝えたい。

「ために」だなんて、そんな言葉は厚かましいのかもしれないけれど

わたしは、たとえこの旅を終えても、自分が日本の看板を背負って生きていることを、忘れたくない。

わたしは、自分が住んでいる国のことを、もっともっと、知ってみたい。

”日本人であること”を、忘れたく、ない。

この国が、いま何を見つめ、どこへ向かっているのかを知ろう。

それは決意ではなくて、日本人に生まれた、義務なのだと強く思う。

ちいさなことからで良い。

わたしは誰かにとって、日本にとって、最高の「I am Japanese」になりたい。

そんなきっと、誰もが心の中にある当たり前な感情を、アリはわたしに問いかけ、プレゼントしてくれた。

わたしはいつの間にか、泣いていた。

遠くて近い、日本を胸に。

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