LOG IN

おとぎ話のような、ただの現実【インド・デリー】

by 古性 のち

「写真と同じような景色を探しながら旅をしていると、スタンプラリーみたいになっちゃうんですよね。でもあの場所だけは、そんなことはなかったなあ」

インド、初めての朝。宿の屋上で甘くあたたかいチャイを飲みながら、ひとりがしみじみと語りだす。

昨夜10時。その曲が彼のお気に入りなのか、はたまた壊れているだけなのだろうか。
爆音のインドミュージック、しかもひたすらサビの部分だけをリピートするご機嫌な空港からのドライブは、約2時間に渡った。

フラフラの体でたどり着いた「サンタナ・デリー」は、日本人が経営する、日本人バックパッカーのための宿だ。
もちろん、スタッフもそこに集う旅人も日本人ばかり。
どうしても安全にインドの旅を終えたかったわたしは、この旅で初めて日本人宿を利用することを、出発前から決めていた。

のんびりと平和な時間が流れる屋上は、まるでアラジンの世界から抜け出したような雰囲気で、すぐにこの場所が好きになった。

「うんうん。絶対行った方が良いですよ。少し入場料は高いけど、タージマハルだけは見ておいたほうがいい」
朝からどこへ行こうかと悩んでいたわたしに、そっともうひとりも助言する。
ひとりで旅にきたくせに、正直、インドだけは表を歩きたくなかった。
それはきっと、他の旅人から聞く武勇伝が、あまりにも恐ろしかったことと
最後までインド行きを反対していた友達や、彼のことがずっと頭をもやもやかすめていたからだろう。

それでも、わたしの心を捉えて離さなかったもの。
どうしても、足を運んでみたかった場所。
それが、世界一美しいと言われるお墓、タージマハルだった。

そんな夢見るタージマハルがあるアグラまでは、ニューデリーから列車を使わなければならない。
インドの列車なんて、電車の上にも人がひしめき合っているような、乗車率200%のとんでもない図しか浮かばずに、ただひたすらに恐ろしかった。

翌日怯えながら乗った電車は、清潔で、まるで日本の電車のような雰囲気で、結局拍子抜けだったのだけれど。

列車を乗り継ぎ、リキシャを乗り継ぎ、強烈に高い入場料を払ってやっとたどり着いたそこは、まるでおとぎ話のような世界だった。

左右対称にすらりと伸びる、優しい乳白色の建物が、そこには立っていた。
あまりの圧倒的な存在感に、心に鳥肌が立つ。

遺跡は、絶景は、観光スポットは、別にスタンプラリーなんかじゃない。
写真でみたからいいやだなんて、やっぱりそんなこともない。

どうあがいたって、どれだけ写真で見たって、本物は、間違いなく、心にずしりと何かを置いていく。

ああ。インドにきてよかったな。心の底からそう思える、そんなおとぎ話の現実だった。

「昔の王様シャー=ジャハーンが、愛する妃が亡くなった時に建てたものなんだって。そして対岸に自分のお墓も建てようとしたんだけど、タージマハルの建設でお金がなくなっちゃったから、建てられなかったらしい」

「しかも、そのせいで全て対象につくったこのお墓に、自分も入ることになってしまって。そのシャー=ジャハーンの棺のせいで、完全な左右対称を自ら壊してしまったんだってよ」

タージマハルの中の、左右不対象に並んだ棺をぼんやりと眺めながら、そんな会話に耳を傾ける。

なんてかわいそうな、シャー=ジャハーン。

だけれどこの王様、妃のことが大事で大事で仕方なかったくせに、乙女心なんてこれっぽっちもわかっていなかったのかもしれない。

彼にとっては不本意なことかもしれない。もしかしたらあの世で「くそう」と、いまでも拳を握っているのかもしれない。
それでも彼女はいま、彼が隣で眠っていることが、何にも変え難いギフトだとわたしは思う。

建物が左右対称かそうじゃないかなんて、彼女にとってはきっと些細な問題だ。
それよりも何よりも、愛すべきひとがずっと、隣にいる。
見えているのに手が届かないだなんて、そんなあまりにももどかしい遠距離恋愛、誰が進んでしたいと思うだろうか。

そんな思いを抱えながら、乗った帰りの列車は、少しだけ、わたしを切ない気持ちにさせた。







古性 のち
OTHER SNAPS