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見返りを求めずに、他人に何かを与えるなんて【インド・リシケシュ】

by 古性 のち

「なんでジョンとババは、すぐ人にあげちゃうの?」
ご飯も、お酒も、タバコも、バイクも、お金も。彼らはすぐに人にあげてしまう。

だから、なにももっていなかった。

なのに、彼らは確かになにかをもっていた。

* * *  
「朝・昼・晩 ヨガをする」

それがわたしの当初の、リシケシュにきたささやかな目的だった。

4年前、出会った本の主人公が訪れた、あこがれの町。

この地で同じように、静かな時間を噛み締めながら、自分の心と向き合うための時間がほしい。

そのためにリシケシュにきた。

そのためにインドにきた。

・・・はずだった。


「明日は町を案内するから、朝8時にここに集合な」

ジョンから告げられたそれは、朝が苦手なわたしにとってはあまりにも早すぎる時間で、

だけれど彼は有無を言わさずにその時間には宿の前まで来ているものだから

わたしも渋々、彼のお誘いにありがたく乗ることにした。


眠い目をこすりながら、バイクの後ろでジョンの説明に耳を傾ける。 
まだ陽が登っていないリシケシュの風が、肌に心地よい。

リシケシュには、数えきれないほどの寺院があること。
たくさんの神様がいること。
ひっそりとした、ゆったりとした時間を好むひとたちが暮らすこと。

争いが少ないこと。
聖なる場所だから、お酒を飲んではいけないこと。
だけれどひっそり夜みんなで飲んでいること。
お互いに交わす挨拶「ハリオーム」は、神様の名前であること。
昼間は暑くて、夜は冷えること。
同じインド人も、この地に多く移住してくること。

そして生活に染み込むように、”祈ること” ”感謝すること” が寄り添っていること。

ジョンには、とにかくたくさんの友達がいた。
バイクが走りだすたびに止まり、誰かと笑いあって、また走りだす。その繰り返し。

「ハリオーム」と何回あいさつしただろう。友達いっぱいいるねえ、と何気なく言うと
「支えてもらってるし、支えてる。そうやってみんな生きてるからね。友達は不可欠」とかえってくる。

少し遅めのお昼を取るために、わたしたちはガンジス川の畔に立ち寄った。

そこで出会ったのが、オレンジの服に身を包み、「ババ」だった。

ババは神様にその身を捧げるために、家も、お金も、家族も、そのすべてを捨てる。
ガンジス川の畔に住みながら、ただただ、日々神様に祈りを捧げるのだ。

そんなババを、”成熟された魂”としてインドの人たちはみな、尊敬していた。

インドには、たくさんのババがいる。道端でじっと、何かを見つめている。
その存在は意識していたけれど、実際に言葉をかわすのは初めてで
なんだかとても緊張してしまう。

わたしはババのよこにそっと座りこみ、右手をあげて「ハリオーム」とちいさく声をかけると、
おもむろに持っていたカバンから、ちいさな蜂蜜とチャパティを取り出し

「食べなさい」
と、ずいっと私の方に差し出した。

突然の出来事にわたしが戸惑っていると、ジョンが笑いながら「いただきなさい」と言う。

これ、カバンの中から出てきたよなあ・・と、少し躊躇してから、言われた通りに一口ぱくりと頬張る。濃厚な蜂蜜と、もちもちした舌触りが心地よい。ババはそれを見届けると、満足したように周りのひとたちにも配りだした。

「ねえこれ、配っちゃったら、ババのごはんってなくなっちゃうんじゃない?」
口の中からチャパティが消えたことを確認して、わたしがたずねる。

ジョンは、
「そしたら誰かがまたきて、ババにご飯をくれる。そのご飯をまたみんなで食べるから大丈夫だよ」
と答えた。

「そんな、誰かがくる保証はどこにあるの?」
わたしは続けて質問する。
だって、もしかしたらこのチャパティが、ババの夜ご飯かもしれない。
そしたら今夜ババは、食べるものがなくなってしまう。

「わたし、お金持ってるから自分で買うよ」
と続けるとジョンは少し顔をしかめてから

「のぞみは、確かにババよりお金を持ってるかもしれないけど、考え方は貧しいね」
と言い放った。

そんなジョンの言葉に、昨日感じたものと同じような、だけれど今まで感じたことのないような違和感がふつふつと生まれてくる。

「じゃあ与えて、例えば何も戻ってこなかったとしたらどうするの?」

生まれてからこの方、わたしのモットーは「ギブ アンド テイク」だった。
与えなければ、自分が何かを与えられなければ与えてもらう価値はないと思っていたし
与えても、戻ってこなければそれはもう、私の中で「エンド」だった。

わたしはいつでも、”与えられること”が、最優先だったのだ。
無意識に、与えられることを、当たり前だと思って生きてきたのだ。

だからこそ目の前で行われる「その」行為は、わたしにとっては信じられないものだった。

「シャンティシャンティ、ノープロブレム」
隣にいたババが、そう唱えながら最後の蜂蜜を、ジョンの手に渡す。

当たり前のように支え合い、当たり前のように、与える。
なぜこの人たちはこんなに当たり前に、できるのだろう?
何も持っていないはずなのに。

「のぞみに少しお金があるなら、ここにいるみんなに暖かいチャイを買ってあげたらどう?喜ぶと思うよ」

その提案に、”無条件に与えること” に慣れていないわたしは戸惑ったけれど、小銭を握りしめて、チャイのお店へと足を運んだ。





古性 のち
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