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ヨガと静寂とはじまりの町で、出会ったもの【インド・リシケシュ】

by 古性 のち

リシケシュで出会ったインド人のジョンは、とっても貧乏だった。
それは「もともと」お金がないわけではなくて、彼は、食べ物も何かものも、手に入ると人に分け与えてしまうのだ。

それが人として、当たり前だと言うように。すごく、自然に。

* * *

乗車率120%。いや、150%くらいだろうか。

インド人でぎゅうぎゅうになったバスがデリーを出発してリシケシュに到着したのは、日がすこしだけ顔を見せはじめた、早朝だった。

「ヨガの町」として知られるこの町は、インドの南の方に位置していて、まだ汚れていないガンジス川が流れるとても静かな町だ。

デリーのあまりにもよどんだ空気に当てられていたわたしは、このどこまでも澄んだ空気に素直に感動した。

この町の、高低差をよく理解していなかったわたしが予約した宿は、どうやらリシケシュの山の上の方に位置するらしい。

「ここからリクシャに乗るなら、300ルピーだよ」
と、先ほどバス停で言われたことを思い出した。

なるほど。確かにこの急斜面を登っていくには、それくらいかかってもおかしくない。

「はあ?高すぎるわ!この距離なら50ルピーだろ!」
と怒った自分をふと思い出し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

はーっと一息ついて、重いバックパックを背負いなおす。

しん、とした空気に乗って、どこからか、お祈りが聞こえてくる。

ふと橋の下をのぞくと、ガンジス川の周りに人が集まり始めていた。朝ヨガの準備かもしれない。

荷物を下ろしたら、さっそくわたしもガンジス川に行ってみよう。
あとは念願の、ヨガができる場所を探さないと!

* * *
やっとの思いで宿に荷物をおき、お気に入りのタイパンツとTシャツに着替えたわたしは、さっそく迷子になっていた。

美味しいカレー屋さんがあるマーケットに向かっていたはずなのに。
その場所とは多分逆の、ちいさな路地にいる。
あっちへウロウロ、こっちへウロウロ、同じ場所を行ったり来たりしていたせいだろう。

「何か探してるの?」
後ろから聴こえたのは、それはそれは流暢な日本語だった。


長い髪はカラフルに編まれた紐でひとつにきゅっと束ねられていて、無精髭。
ちいさめな背丈に不似合いな、すこし大きめのバイク。

「何か困ってるの?」
もう一度彼がたずねる。とても優しい目をしていた。

「・・・このカレー屋さんを探してるの。知ってる?」
わたしが恐る恐る、地図を指さす。

それは日本語を流暢に話すインド人が「よかった」ためしがないからだ。

彼らの多くが日本語を話すのは、日本人が好きだからではない。
初めての場所、初めての国で不安になっている日本人を「狩る」ための、強力な武器だということを、
わたしは知っていた。

「このカレー屋、ぜんぜんこっちじゃないし、それよりそこにあるお店の方が美味しいよ。良かったら、案内しようか?」
その提案に、わたしはさらに身構える。
睡眠薬をいれられるんじゃないか。
変なところに連れていかれるんじゃないか。

そんなわたしの心を見透かしたように笑いながら
「そんなに警戒しないで。ここはデリーと違って、信者が集まる聖なる町なんだ。人を騙してどうにかしようなんて、そんな人はいないよ」
「日本には10年前住んでたんだ。その時日本人に、すごく優しくしてもらった。だから別に、何か君に、害を与えようとしているわけじゃないよ」
と、少し困ったように教えてくれた。

「チャイ飲む?カレーは今日は1種類しかないってさ」
メニューはないのかと尋ねると、ないと言う。

家族経営でこぢんまりとやっているこのカレー屋は、この家族の昼ごはんなり、夕ごはんなりがそのままその日の看板メニューになるらしく、決まったオーダーがない。

つまり、すべてのメニューが「シェフのきまぐれ」なのだ。

私の目の前に座る彼、ジョンの前に、熱々のチャイが運ばれてくる。

わたしは自分のカレーが運ばれてくるまでの間、
なぜ旅をしているのか、
どこからきたのか、
どれくらいの期間ここにいるのか、
そんなことをざっくばらんに話した。

「のぞみは綺麗な目をしているね。でも、マインドが良くない」
突然そんなことを言われ、驚きのあまり何をしゃべっていたのか忘れてしまった。

「え・・・なんでそんなこと言われなきゃいけないの?」
「わたしのこと、何も知らないじゃない」
すこしムッとしてみせると、うーんと少し考えてから


「君は余計なことを考えすぎてる」
と、さらに付け足す。

「余計なことを考えてる人は、顔を見ればわかる。もっとシンプルに物事を考えればいいのに」
「瞑想とヨガを極めてごらん。そしたら君にもこの意味がわかるし、僕の言ってることが当たってるって、絶対にわかるから」
とゆるやかに告げると、たばこを静かに燻らせた。

”考え方がよくない”

心の奥底がむずがゆいような、少し、ギクリとする。

そんなことを、以前そういえば誰かにも言われた気がする。

私は「お母さんの気まぐれカレー」を頬張りながら、なんとなく、この地で、ジョンに出会ったことで

何かが変わるような、変わってしまうような。
そんな確信にも似たなにかに、包まれていた。


古性 のち
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