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VIP待遇のファーストクラスに乗って その1【ポーランド・クラクフ】

by 古性 のち

首都ワルシャワからポーランドの京都クラクフへの移動は「絶対列車で」と決めていた。


理由はなんといっても「安い」からである。

飛行機で移動するのに比べて費用が1/3で済む上に、なんといってもアジア圏に比べてヨーロッパの列車は安全(だと思う)。

バスは倍の時間はかかるが更に安い。だけれどなんだか「ヨーロッパの列車」というだけでワクワクしてしまい、わたしの脳内は完全に列車移動一択だった。

ネットでもチケットを購入することは知っていたけれど、英語がそこまで得意ではないわたしにとって、

「google翻訳で無理やりつくった日本語」は理解するのに時間がかかるし、どうせ買うなら直接購入したほうが、直接チケットを見ながらやり取りができるため安心だ。


「ポーランドの人は、年配の方だと英語が通じない場合がある」


というのを事前情報で聞いていた私は、いつ発車で・何等車で・何枚欲しいかを持っていたノートにでかでかと書きなぐり

さらに一生懸命調べたポーランド語で「大人1枚ください」とまで書き添え意気揚々と駅に向かった。


冬のポーランドは足の底から冷えが上がってくる。だけれどそれ以上に、クリスマスを前にして少し浮き足立った町の雰囲気が楽しげで、こちらまでワクワクしてきてしまう。


最寄りの駅からトラムに乗って約5分。大きなワルシャワ中央駅に到着した。


* * *

夕方を少しすぎたばかりの中央駅は、たくさんの人で賑わっている。

少し殺伐とした雰囲気の駅の中。外国ならではの「
果物を丸かじり」を横目にみながら、足早に歩く。

ポーランドの駅は改札がなく、電車のチケットは備え付けの小さな機械で購入する。

これを持っていないまま乗車することも可能だけれど、高い罰金を払うことになるので忘れずに購入が必須。 

ちなみにわたしはチケット売り場がわからずに、しばらく無賃乗車してしまったのだけれど。


地下のプラットホームへは1~4番まで番号が振られたエスカレーターが左右に伸びていて、

列車の番号を確認しようと、道端にはチケットを握りしめた旅行者らしき人たちで混雑している。

* * *

その脇をすり抜けて、チケット売り場を足早に探す。なんたって駅の中も底抜けに寒いのだ。

さっさとチケットを購入して、あたたかいコーヒーが飲みたい。


ウロウロしていると、目の前に青い看板で「チケット」と書かれている看板はすぐに見つかった。


英語の表記はないけれど、インフォグラフィックでわかりやすく表現されている。

旅行者にとってはとてもありがたい。


しかしどこの窓口で長距離列車のチケットが購入できるかは定かではなかったので、とりあえず大きなバッグを背負った青年

(勝手に長距離を移動するのだろうと決めつけ)あとをついていくことにした。

どこのチケット売り場も、とても混雑している。

わたしの並んだ窓口にもずらりと行列ができていて、しかも横入りウェルカム。わたしはおとなしく、最後尾に並ぶ。

このチケット売り場は2手に分かれていて、ひとつはブロンドヘアーをキラキラなびかせる若めのお姉さん、

もうひとりは赤いふちのメガネをかけた40代くらいの中年のおばさまだった。


この年代なら間違いなく英語は通じるだろうとホッと胸をなでおろし、ドキドキしながら順番を待つ。

15分ほど並んでいると、おばさまがチラリとこちらを見て手招きしたので、ボードをぎゅっと握って窓口へと向かった。


「プリーズチケット ワルシャワトゥクラクフ、アダルトワン。アイワナディスチケット」

片言の英語と一緒に、持っていたノートをずいと前に差し出すと、


おばさまがへの字に結んだ口を開いて

「✳︎+R※○〜✳︎+※★〜✳︎+※A□✳︎+※Q〜✳︎+※?」と、ドイツ語で丁寧に返してくれた。 


あれこれは。もしかすると。


「ソーリー。アイキャントアンダースタンド。キャンユースピークイングリッシュ?」


もう一度ノートを指さすと、少し困った顔をしながら何か喋っている。


これは。英語が通じていない。

本当に英語が通じない。この旅で、わたしの下手くそすぎる英語が理解されないことは多々あったけれど、

私の狭い世界では「英語は誰でも話せる最強の言語」として認識されていて、それが通じないなんて発想はしたことがなかった。


戸惑いながらもわたしはひとつずつ、時間はかかっても構わないこと・とにかく1番やすいコースで行きたいこと・出発は明日だということを身振り手振り、イラストを使いながら説明する。


おばさまは、ふんふんとわたしの拙い言葉に一生懸命耳を傾けてくれて、力強く頷くと

ファーストクラスの、どう転んでもバックパッカーとは無縁であろうバカ高いチケットを発行してくれた。

差し出されたチケットと値段を交互に見ながら、戸惑う。高い。高すぎる。想定金額の3倍くらいの値段だ。


慌ててもう1度説明する。今度はゆっくりと、できるだけシンプルな英語で伝えようと「高すぎる」だけを繰り返した。


しかしその後そのチケットは2枚になり、日付が本日になったり、行き先が変わったりと様々な変化を遂げながら

30分後にはおばさまはもう何も言葉を発してはくれない状態になり、への字だった口元はつり上がった目元とセットになっていた。


なんだこの空気。
途方にくれたわたしは、後ろを振り返り、助け舟を出してみる。


しかし驚いたコトに、誰もが目線はケータイに落ちていて、わたしに気を留めてくれる様子がない。

たまに目があっても、ふいと目を逸らされてしまうか、「勘弁してくれよ」といった様子で、こちらを見つめている。


その途端、鬱陶しいくらいにウェットなアジアがなんだか急に恋しくなった。


これがインドだったら、もはや窓口に並んだ瞬間に「おい、どうしたんだ」と勝手にわらわらインド人が集まって一大イベントのようになるし(しかし良い人とは限らない)


これがタイだったら「どうしたんだ?何がしたいんだ?」と、優しい微笑みを浮かべながら手を差し伸べてくれる(しかし正しいチケットが発券されるとは限らない)。

そんなことを思い出していると、おばさまが最後にもう1度、怖い顔でチケットを発行してくれた。

あいも変わらず「ファーストクラス」である。


最後の力を振り絞って「2等席はないのか」と聞くと首を横に振る。

さっき出会った日本人の女の子たち、しっかり2等席買ってたんだけどなぁ・・・。

なんだかもうこの一連のやり取りに疲れてしまい、センチメンタルな気分になってきたわたしは

しぶしぶ「OK」と、もうそのチケットを買うことにした。

1枚6300円。バックパッカーでこんな列車のチケットを買う人は、果たしているのだろうか。


手の中にあるチケットをしばらく呆然と見つめる。


6300円。

6300円か・・・。


恋しいアジア。恋しい。ウェットで鬱陶しいインドが、とてつもなく恋しい。


しかしもう、買ってしまったものは仕方ない。

とにかくもう「どうあがいてもこうなったんだ」と自分に言い聞かせて明日の出発に備え、ファーストクラスを楽しむことを心に決めた。


古性 のち
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