LOG IN

わたしの旅が、ただの日常になった日【オーストリア・ウィーン】

by 古性 のち

いつもの電車。駅。景色。通学路。変わらないことは、幸せだ。
「なんでもない日常がいちばん幸せ」だなんて言葉をよく耳にするけれど、最もだな。と、日々感じる。

だけれど、日常が変わらないことと幸せは、時にはイコールに見えなくなるときもある。
きっと多くが、気の持ちよう、内面の問題なんだろう。

でもやっぱり、穏やかな毎日が繰り返されるほどに、「何かを変えよう」というエネルギーは、少なくなる気がしている。

ポーランド・クラクフからオーストリア・ウィーンまでは、夜行列車で移動した。
車内は清潔で貸切だったし「ヨーロッパを夜行列車で走ること」は何度も夢みたことだったはずなのに。

なのになぜか、驚いたことにシャッターを切る気はまったく起きず、ただただ、わたしは電車に揺られていた。

”旅が続くと、全部街並みが一緒に見えちゃったりしてさ。シャッターもなかなか切らなくなっちゃうんだよね”

出発前に、世界を馳けまわるカメラマンが言っていたセリフを、わたしはその時「絶対そんなことないですよ」と、笑いながら聞いていたし、実際5ヶ月間旅を続ける中で、わたしはいつだってワクワクドキドキしていた。
していたはずだったのに。

ついにここ数週間、というよりは、正確にはアウシュヴィッツから帰ってきてから。
それが心に与えた衝撃が良くも悪くもあまりに大きく、「感情が揺れる」ハードルが上がってしまったのだろうか。
わたしは何を見ても、何をしても、心が動かなくなっていた。

もしくは悲しくも贅沢なことに、刺激的なはずの、日常の繰り返しではないはずの旅までもが、私の中で”変わらない日常”になってしまったのかもしれない。

* * *

それでも音楽と芸術の町ウィーンをふらふらと歩くのは、楽しかった。町中には音楽があふれていて、常にBGMのある生活がまるでディズニーランドのようだったし、

あまりにも綺麗で、しばらくぼーっと座っていた「世界で最も美しい」と呼ばれる図書館も、それはそれは素晴らしかった。

それでもわたしの「あそこにどうしても、何がなんでも行きたい」という感覚や「心が体の奥底から震え上がる」衝動は、なかなか戻ってこない。

同じ場所で、ぼーっとしてしまう。
外出しても、部屋にすぐ戻ってしまう。
明日の計画も、明後日の計画も、その次の計画さえも、特別なことは何もしたくない。

そんなことを繰り返しながら、日々が流れていく。
「どうしたい?」と、わたしはずっと自分の心に耳を傾け続けていたけれど、ただただ、ゆっくりと日々が流れていった。

ああ。心が動かない。
何をしたいのかも、わからない。

そんなわたしにとっての「特別なはずの旅」は穏やかに、ただただ、過ぎていった。



古性 のち
OTHER SNAPS