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みえない想いの境界線と、はじまりの国- その1【バンコク・タイ】

by 古性 のち

夜21時。予定より3時間ほど遅れて到着した飛行機が、ゆっくりと空港に着陸した。
空にはぽっかりお月様がのぞいているせいか、あたりは思ったより明るい。
踏み出した足に、むわっと熱気を放ちながら生暖かい風がまとわりつく。アジア特有の、なんとも言えないにおいが一緒に運ばれてきたせいか「あ、別の国にきたんだなあ」なんて、当たり前のことを心の中でつぶやいた。

タイ、バンコク。
最初にこの国を選んだ理由はあまりなくて、強いて言えば予防注射が日本よりも安いと聞いて、受けられたらいいな。なんて思いでやってきた。
日本からあまり離れていない(と、わたしは思う)はずなのに、家を出てからすでに12時間も経ってしまっている。
無事到着したことにホッとしながらも、飛行機が遅れてしまったことで待たせているであろう宿泊先のオーナーに連絡をいれるため、空港内でわたしは足早に連絡手段を探した。

肩にずっしりとのしかかる、約10kgのバックパックがやけに重い。一息ついてちらりと目線を横にやると、同じようなバックパックを背負った欧米人の男の子と目があった。
「ねえ。タクシーってどっちかわかる?」
くりっと丸い青い目に、茶色いふわふわの髪。ひょろりと長身で細身な体に不似合いの、大きな青いバックパック。私のより、ひとまわりかふたまわり、大きそうだ。
こんな人もバックパッカーなのかと驚きながら、
「えーっと。あっちです。多分。看板あったよ」
とたどたどしい英語で返すと、Thankyouと笑って走り去っていった。

出発前、一生懸命覚えたはずの英語は大半を忘れてしまっているようで、頭をつたって口に届くまでのラグがひどい。それでも久々に使う異国の言葉はとても新鮮で、なぜか少し嬉しくなる。

すぐそばにSIMカードのカウンターを見つけ、急いで15日間の契約をかわした。滞在の予定は5日間だけど、無計画なわたしのことだ。滞在が伸びることも大いに考えられるし、何より他のプランの選び方がわからない。急いでいたので言われたとおり600バーツを渡すと、にっこり微笑んで手を顔の前に合わせてくれた。
わたしも手を顔の前に合わせてぺこりと頭をさげると、すぐさま荷物をつかんで先ほどの青年と同じ方向へと早足で向かう。

タイの真夏は4月らしく、8月の夜は比較的涼しいらしい。湿度は高いけれど、死ぬほど暑くはない。
21時をまわったタクシー乗り場はさまざまな国籍がチャンプルーされていて、聞いたことのない国の言葉が行き交っている。

乗車番号がかかれた紙を握りしめてタクシーを探していると、運転手のタイ人がおいでおいで、と手招きをしてくれた。
「ここまで行きたいんですけど、いくらですか?」
わたしが聞くと、運転手が困ったように笑う。
「もしかして遠い?高いの?」
もう1度聞いてみると、指でバツ印を作りながら、聞いたこともない言語が返ってきた。
そこではじめて、タイは英語が通じないことを知る。
少し考えてから右手でお金のマークを作ると「400バーツ」と指で示してくれた。

OK、とタクシーに乗り込む。到着までにかかる時間を聞きたかったけれど、聞き方がわからない。
そもそも聞けたとしても、多分返ってきた言葉が理解できないだろう。
諦めてケータイを開く。
挨拶とお礼くらいは覚えたくて「タイ語 ありがとう」とグーグルに打ち込むと、「コップンカー」と表示された。
降りるときに使ってみよう、と心の中で独り言をつぶやいて目をつぶる。

これからのバンコク生活は、全部で5日間。どんな出会いがあるんだろう。
寝不足の頭と疲労で麻痺しているのか、頭に自分の想いがまったくついていかないような、不思議な感覚に襲われる。


猛スピードで走り抜けていくタクシーの中、なぜかあの青年の顔が浮かんで消えた。





古性 のち
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