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みえない想いの境界線と、はじまりの国- その3【バンコク・タイ】

by 古性 のち


タイの雑貨は、総じて可愛い。
”可愛い”という言葉をきっとたびたび使いすぎて、日本人を見つけるとかならず「カワイイ~」とみんな話しかけてくる。それだけ日本人女性は、すぐになんでもこの言葉を使いたがるんだろう。

だけれど、そんなことに目をつぶって連発したくなってしまうほどに、タイの雑貨はやはり可愛くて、魅力的なのだ。

昨日の夜に、最後の力をふりしぼってかけたアラームよりも少しだけ遅めに目を覚まし、むくりと体を無理やり起こしてみる。降り注ぐ太陽の角度がいつもと違うことにハッとして、そういえば違う環境に飛び込んできたことを思い出す。

そうだった。わたし今タイにいるんだった。

昨日すぐさま眠ってしまったせいか、体がやけに重い。
軽くシャワーで汗を流し、個室のドアを開ける。おはようございます、と頭を下げて、昨日できなかった自己紹介をさせてもらった。

旅をしながらライターを続けていることを話すと、ふと昨日移動でほとんどできなかった仕事のことを思い出す。昨日までの原稿の直しが、まだ手つかずのままバッグの中で息を潜めている。

「この辺りでWi-Fiが使えるカフェとかって、ありますか?」
オーナーが少しだけうーんと考えて、隣のカフェがどちらも使えたはずだよ、と教えてくれた。

午前10時。仕事に手をつけるには少し早いし、タイの町も歩いてみたいけれど。
お散歩の欲求と、仕事の必然性が、シーソーのように頭の中で揺れる。

町についてすぐに仕事は気が引けるけれど、それよりも早めに終わらせてしまって、明日を思いっきり楽しむ方向に、舵を切ることにした。

昨日は暗くてよくわからなかったけれど、明るいこの時間にバンコクの町を歩くと、すっかり棲み分けされた都会色と田舎色のコントラストに、改めて感心してしまう。

日本にあるよりも立派なんじゃないかと思うファッションビル。世界的なブランドが軒を連ねる横に、ふわーっとあくびをする野良猫と、1個80円の、カットフルーツ。


クーラーの効いた立派なバスが止まったバス停に、乱暴に止まる、ドアが閉まらないバス。左を見れば、ちょっと夜は通りたくないようなディープな小道。だけれど右を見れば綺麗に整頓された街並み。くるくる変わる町の表情が、やはりとても魅力的に感じる。

自分で選んでオーダーして出てくる料理よりも、バイキング派の私には、この雑多な感じがちょうど良いのかもしれない。
カフェに到着し、Wi-Fiと電源を確認する。時間は夜の20時まで。ゆっくり腰を据えて、仕事ができそうな環境だ。中に入ろうと、ドアを押してみる。途端、ものすごく涼しい風が、わたしを包み込んだ。

なんだこれ。めちゃくちゃ涼しい。
驚いて周りを見渡してみても、なんともない顔でPCを広げるノースリーブの欧米人と、本棚がぐんと天井まで伸びている端っこの席で、友達同士半袖姿でワイワイと盛り上がる、少数のタイ人がいるだけだった。

様子をチラリと盗み見る限り、来て1、2時間といったところだろうか。
こんなに寒いのは最初だけなのかもしれない。そう言い聞かせて、1番安いメニューをオーダーした。きちんとミルからひかれたコーヒーが、たったの140円だった。


「タイは、あまり知られていないけれど、コーヒーがめちゃくちゃ美味しいんです。なんたって、豆から挽いてくれるからね」オーナーの言葉を思い出す。こんなコーヒーがこんな手軽な値段で飲める国が、他にあるのだろうか。

予想以上に美味しいその味に舌鼓を打ちながら、PCを開いてみる。
やらなければいけないことと、やりたいことが山積みになったタスク表を見て、よし、とやる気を注入する。

異国の地で、PCを開く感覚が私はとても好きだ。なんたって、何だか大したことをやっていなくても自分がイケてるような気がするから。


しかしものの1時間ほどで、私の頭の中は「異国の地で仕事をするわたし」から「寒さにいつまで耐えられるか」でいっぱいになっていた。寒い。寒すぎる。このカフェが特殊なのか、タイ人があまりに暑がりなのか。

もはやそんなことはどうでも良い。もうはやくここから立ち去りたくて仕方なかった。恨めしそうにこちらを見つめるタスク表から目をそらし、そっとPCを閉じる。

申し訳なさに後ろ髪を引かれつつ、私は足早にカフェのドアを開けた。

「そういえば、タイの雑貨って可愛かったよなあ」
次のカフェを探しながら、独り言のようにつぶやいてみる。

ゆっくり場所を探したかったけれど、冷え切った私の体を、今度はむわっと唸るような暑さが包み込んでくれて、多分このままでは今度は、今すぐあのカフェに戻りたくなってしまうだろう。

12時。出歩いている人の数は少なく、自分の行為があまりに浅はかなことを思い知る。
電車のマークを見つけると、日陰を求めて駅へと逃げ込んだ。

ちょっとこのまま、本当に、雑貨を探しにいってみるのも、いいかもなあ。

暑さと寒さ両方にやられたことで、もう仕事は完全にOFFモード。節電モードに入ってしまったし、また明日頑張ろう、と自分に言い聞かせる。
今日という日は今日しかないから、迷っている暇はない。
オフになった頭を無理やりオンにすることより、きっと本能のままに楽しんでしまった方が、良いことがおきる気がする。
そんな日だってあってきっと良い。だってそもそも、自由気ままな旅のはずなのだから。

* * *

タイの週末は、マーケットがいたるところで開かれているらしい。調べてみると、「アジアティーク」という場所で、たくさんの雑貨と出会うことができそうだった。


聞きなれない駅名に耳を澄ましながら、ケータイとにらめっこしながら電車に乗る。
ちょっと。電車もベリー寒い。なんでこんなに冷たくする必要があるのだろうか。

席はたくさん空いていたし、早い時間からウロウロしていたせいか、足もとても疲れていた。
それでも座ってしまうと駅名が見えなくなってしまうから、スカスカの電車の中で、柱に寄りかかる。つり革もなぜか高く設定されていて、手が届かない。諦めて、もう柱にすべてをゆだねことにした。

何度もアナウンスと駅名を照らし合わせて、注意深く電車を降りる。そのまま促されるように船に乗ると、「アジアティーク」と大きく書かれた場所に到着した。



観覧車に、メリーゴーランド。フードコートに色とりどりのテント。
それからとにかく、たくさんの人、人、人!!

その隙間を縫うように、小さなお店がずらりと並ぶ。マーケットって、ここかな。とにかくたくさんのお店が並んでいるから、迷路のように見える。

ひとつひとつ、お店を覗いてみる。途端、心がぶわっと湧き上がる。

色とりどりの雑貨たちが、わたしを賑やかに歓迎してくれた。それも、とてもとても安い値段で。
可愛い。可愛すぎる。どうすれば良いんだ。

この服はあの子に似合いそうだし、この雑貨はあの子にあげたら絶対に喜ぶ。
あのキャンドルは昔あの子の家においてあったものだし、このポーチだってとびきり可愛い。

夢中になってキョロキョロしているから、何度もお店の人に話しかけられる。
「ヤスイ!カワイイ〜!」
と、色々なお店から声があがる。

知ってる。知ってるよ。ヤスイしカワイイよ。思わずお財布の紐がゆるむどころか、紐ごと持ってかれてしまうくらいに。

同じようなお店に目が慣れてきた中、ふと足が止まる。
他の場所とはちょっと毛色の違う、赤瓦で丁寧に焼かれた、アロマキャンドルのお店だった。
あ、と思い手に取ってみる。
どうしよう。多分喜ぶ気がする。だって、とびきりオシャレだもの。

それと同時に、困った顔が一緒に浮かんだ。こんなものもらってしまって、迷惑かけてしまうかも、しれない。出発前の会話を思い出して、ますます自信がなくなってしまう。

わたしにとっての7ヶ月はとても速いけれど、あの人にとっての7ヶ月は、あまりにも長すぎる選択だった。

一息ついて、そっとアロマキャンドルを置き直し、次のお店に足を運ぶ。


結局さんざん歩き回ったのに、鮮やかな雑貨が少しだけと、水色のロングワンピースを購入して、
今日は帰ることにした。





古性 のち
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