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時よ止まれなんて言葉は、きっとこの島のために生まれてきた【タイ・ピピ島 その1】

by 古性 のち

まるで言葉が出てこないのに、どうしたら伝わるんだろう。
写真をとってごめんなさいなんて、こんなに悔しいなんて、はじめて感じた。
腕がないとか、お天気が悪くてロケーションがどうのとか、そんな簡単なことじゃない。
この風景を写真で切り取ろうとした行為に、切り取ることができるだなんて思った浅はかな自分が申し訳なくて、この島に心から謝りたくなった。

「写真なんか撮るな。2つの目があるんだから、ちゃんと君の目でみなさい」
わたしをここまで導いてくれた、ココが微笑んだ。

このまま風景ごと閉じ込めて、永遠にのぞいていたい。綺麗な風景を見て、涙が出るなんて感覚ははじめてだった。
誰かに見せたいような気もするし、私だけしか知らなくて良いような気もする。
こぼれそうになる涙を止めたくて、思わず目をつぶる。いつまででも見ていられる。数時間でも、数日でも。


ここに今居られること、すべてに感謝したい。
心から、そう思った。

* * *

船を降りたわたしを迎えてくれたのは、色とりどりの旗と、陽気な人々と、花に彩られた鮮やかな船たちだった。
島全体がゆるやかで、なごやかな空気で包まれている。桟橋を覗くと、たくさんの魚を裸眼で確認することができた。長距離移動で疲れきった体を、やさしく南国特有の風の匂いが包む。

「島の入場は、20バーツよ」
受付の女性に言われ、ふと現実に戻されて、あわててお財布から言われた通りお金を渡す。
島自体はそんなに広くないと聞いていたから、宿の位置もあまり調べずに、歩き出してみた。

聴いたことのない、鳥の声がする。右に目をやれば、驚くほどに青い、海が広がっている。

”青い” と一言で表現して良いのかすら、悩む。青にこんなに色があるのかと、沖縄を訪れたときに感動したけれど、それ以上にこのピピ島の海の青色は、何色も何色も、何重に重なっていた。

「どこへ行くの?」
「どこから来たの?」
歩いていると、人々が話しかけてくる。日本人女性の一人旅が珍しいのだろう。興味津々で近寄ってくる。
少し身構えながら
「宿を探しているんです」と伝える。
真っ黒に日焼けしたその老人が見せてみろ、と私のケータイを手にとり、うんうん、と頷いてからカンタンな地図をくれる。
「ここを真っ直ぐいくと、左側に曲がってすぐだよ」と少しだけなまった英語で、指さしてくれた。

そのあとも、5m進むたびに誰かが話しかけてくる。最初は勧誘だと思っていたけれど、どうやら違うらしい。みんなニコニコ笑いながら、あっちあっち!と宿まで導かれる。

宿に到着すると、少し戸惑った。この旅、というか人生初めての海外ドミトリー。しかも今回は男女混合だ。薄いドアを押すと、12時だというのに中は真っ暗で、まだみんなぐっすり眠っている。
これが島時間なんだろうか。寝転がってケータイをいじる男性に、通りすがりにペコリと頭を下げると、陽気に「ハーイ」と挨拶してくれた。
カンタンにベッドで荷ほどきを済ませて、港のそばまで戻る。

海沿いにはお洒落なカフェが立ち並んでいた。水着のまま、半裸のまま、パジャマのまま、人々が自由気ままに、お喋りやお茶を楽しんでいる。隣の席で座る白人の女性と目が会うと
「良いドレスね!」
と、真っ青な象柄のワンピースを指差して笑った。
パソコンを取り出して、電源とWi-Fiが使用できるか聞いてみる。


町を歩く前に少しだけ、仕事しよう。

「どこからきたの?」
PCに向かおうとした途端、顔をあげると、同い年くらいの男性が立っていた。ちらりと左胸に目をやると、私と同じピピ島にはいるためのチケットを付けていた。

「日本です。今日ついたばかりです」
少し考えてわたしが口を開くと、俺も俺も、と男性が笑う。
「僕はイングランドから来たんだけど。一緒にお茶しない?」
うーんと少し悩んだふりをして、「仕事があるの」と答える。こういうストレートな誘いって、日本人はどうしても慣れない。
「え?ここにきて仕事してるの?You are so funny!(おかしいよ)」
と肩をすくめると、くるりと後ろを向き、今度は違う女の子にまた声をかけにいった。
ポジティブだなあと独り言をつぶやいて、またPCに向かなおる。

しかし10分経っても15分経っても、書きたいことはいっぱいはずなのに、おかしなことに全く、仕事がはかどらない。
この空気のせいだろうか。
それともこの景色のせいだろうか。
もしかしたら、こんな環境でPCを開くことは、本当にFunnyなことなのかもしれない。

* * *


諦めてPCをしまい少し歩くと、海に向かってブランコが下がっていた。
何も考えずに腰掛けてみる。足元を、波が行ったりきたりを繰り返す。

時刻はまもなく、夕暮れ時だ。
少しずつ空の色が優しい水色から、オレンジに変わっていく。


ブランコを漕ぎながら、わたしは少しだけ、ひとりでここに来たことを後悔した。

「ねえ、次それ、乗ってもいい?」

振り向くとそこにはスラリと背の高い、ひとりの男性が立っていた。







古性 のち
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