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時よ止まれなんて言葉は、きっとこの島のために生まれてきた【タイ・ピピ島 その2】

by 古性 のち
ブランコを漕ぎながら、わたしは少しだけ、ひとりでここに来たことを後悔した。「ねえ、次それ、乗ってもいい?」
振り向くとそこにはスラリと背の高い、ひとりの男性が立っていた。
時よ止まれなんて言葉は、きっとこの島のために生まれてきた【タイ・ピピ島 その1】

「ああ。ごめんなさい。どうぞ」
ふいをつかれて驚いたわたしは、勢いよく立ち上がる。

途端、男性が白い歯を出して軽やかに笑いながら、
「冗談だよ、冗談。君があまりにも楽しそうだったから、ちょっとジョークを言いたくなっただけなんだ」
と、すぐ側の石垣に腰を降ろすと、ゆるりとタバコに火をつけた。


長いことブランコを漕ぎすぎたせいか、白い砂がわたしの足にまとわりついた。
砂をはらおうと下に目をやると、ちいさなヤドカリが海に向かって歩き出していく。

「どこからきたの?君はチャイニーズ?」
先ほどの男性が続ける。
わたしはヤドカリから男性に視線を移しながら
「いいえ。日本人です。さっきこの島につきました」
と、さきほどの同じようなセリフを繰り返した。本当はチャイニーズでもジャパニーズでも構わないのだけれど、無意識に訂正したくなってしまうのは、なぜだろう。わたしの中のジャパニーズ魂が、何か許せないのだろうか。

「ジャパニーズ!本当にジャパニーズの女の子は強いよね。よくこの島にもひとりでよく、女の子がくるよ。僕はこの島でガイドをやってる、”ココ”です。コンニチハ、ヨロシクオネガイシマス」
流暢な英語と片言の日本語を交えながら、”ココ”が挨拶してくれた。

高い鼻に、茶色い目はクリクリと優しい。ふんわりパーマがかかったような栗毛は、懐かしい人を思い出させた。
じっとわたしが見つめていると、座りなよ、と自分の隣を指差す。
変な人ではなさそうだなあと、あてにならない私の直感が言うので、ココの誘いに従うことにした。

* * *

ココは今年34歳のフランス人で、昔はバスケットボールの選手をやっていたのだけれど、現在は島のガイドをやっていること。
ピピ島には、6年前に移住してきたこと。
本名はココ・ラビットで、とてもキュートなその名前が実は強烈なコンプレックスだということ。
色々な話をしてくれた。

「Nozomiはなぜ、旅をするの?」
私の大切な人が日本で待っていると伝えると、不思議そうな顔で質問される。

「なぜって言われても・・・あんまり理由はないよ。見たことないものを見てみたいし、食べたことないものを食べてみたいの。日本にいることに、退屈してしまったのかもしれない」
言葉が見つからずそう答えると、
それは彼よりも大切なのかい、と2本目のタバコに火をつける。


「君が彼を本当に愛しているなら」
ココが続ける。
「君が彼を本当に愛しているなら、何があってもそばにいなきゃだめだ。それができないなら、気軽に大切だなんて、愛してるだなんて、使うべきじゃないよ。だって君は、彼よりも誰よりも、自分自身を愛しているんだから」
そんなの、うまくいきっこないよ。と、肩をすくめた。

確かにわがままなことなのかもしれない。
それでも今こうして遠く離れたこの島で、夕陽を待ちながらこうしてココと話をしている奇跡は
諦めていたら、おこらなかったわけで。

「きっと全部必然だから」
と伝えたかったけれど、わたしの拙い英語のスキルでは、”必然”なんてむずかしい言葉は見つからなかった。
ぐっと言葉を飲み込んで、代わりにハハハッと乾いた笑い声で会話を閉めくくることにした。

ふと海辺に目をやると、美しい花冠を舟先にぶら下げた船が一隻、わたしたちの方に近づいてくる。
「ねえココ。なぜすべての船が、花を下げているの?」
話題を変えたくて、わたしが尋ねる。

「んー。僕も知らない。でも綺麗でしょう?僕はこの、夕暮れに船が戻ってくる風景がとびきり好きなんだ」
そう言ってわたしのカメラを指差しながら、写真を撮ってくれば?とシャッターを切る真似をする。

腰を持ち上げて海辺に向かって歩き出すわたしに、後ろからココが投げかける。

「明日、もし暇だったら僕のお店においで。君の泊まっているところから、歩いてたったの5分だよ。仕事が14時には終わるから、散歩でもしよう」

わたしが少し悩んでからOKマークを右手で作って返事をすると、ココがひらひらと手を振りながら微笑んだ。






古性 のち
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