LOG IN

いざ憧れの雑貨と猫の町へ【モロッコ・マラケシュ】

by 古性 のち

「 日本に戻る前に訪れる国はぜったいにモロッコにしよう」 
そう決めたのは、日本へ20日後に帰国することが決まったその日だった。


イタリアの水の都ヴェネチアでの年越しを終えたわたしは、

次の国、モロッコへ向かうためこの5日間一緒に過ごした友人にさよならを告げる。


ヴェネチアからモロッコのシャウエンまでは乗り継ぎを合わせて約16時間の長旅だ。

更には安いチケットを手配してしまったため、何もない空港で9時間のトランジットが待っている。


だけれどわたしはモロッコでの滞在をずっとずっと楽しみにしていたからそんな些細なこと、どうでも良かった。


「なぜ日本に帰るの?」

モロッコの後は母国に帰ると言うわたしに、たくさんの旅人が訪ねた。


「もっと旅を続ければ良いのに」と。

春までの旅を少しだけ縮めたのにはいくつか理由があるけれど、今考えてみれば実はそのどれもが

きっと大した理由なんかなかったのかもしれない。


それでもわたしは戻ることにした。
何となく、今の体制を立て直したかったし

この旅で、ずっと心の大半をしめていたわたしにとっての「会わなければいけない人」に、
例えわたしを待っていなくとも、
どうしても会いたかったからだ。


ガランとした小さな空港に着いたのは、夜23時を回った頃だった。
いくら待っても来ない荷物をぼーっと待ち続け、(しまいには出てこなかったのだけれど。これが噂のロストバケージか、とこの後空港会社とやりあうことになる)
荷物の回収を諦めた頃には24時を回っていて、あたりを見回してみると、もう誰ひとり荷物の受け取り場所にはいなくなっていた。

出口を出てテキトーな場所に腰を下ろし、ふと前に目をやると寝袋にうずくまりグーグー寝ている仲間が見える。

それを見て少し安心し、わたしも荷物の入ったカバンをぎゅっと抱き寄せて、帽子をぐっとかぶり直して丸くなった。


すぐに強い眠気に襲われて、そのまま朝までぐっすりと眠ってしまったのだけれど、

こんな状態で眠れるようになってしまったのは、一体いつの頃からだろう。


「常に男を立てる守ってあげたくなるような女性」

がわたしの理想とする姿のはずなのに、この旅でどんどんとたくましくなっていく自分が、何だかちょっぴり悲しかった。


それにしても空港泊は、やはり何度経験しても疲れがたまる。

フライトまであと3時間ほどになり、立ち上がって固まった体を思いっきり伸ばすと、足にピリリと鈍い痛みが走った。


9時間のトランジット後のフライトは、それはそれはあっけなかった。

ふわりと飛行機が飛んだかと思うと、土の優しい匂いのするマラケシュに着いたのは、そのたった30分後で

こんなに近いのならヒッチハイクでいけたかもしれないなと頭をよぎった時には、自分のたくましさにちょっと笑ってしまった。

モロッコという国がわたしの中で憧れの対象になったのは、いつの頃からだっただろう。


鮮やかな雑貨も、

迷路のように入り組んだ町中も、

褐色の肌の人々も。


そのどれについてもわたしは詳しく知らなかったし、写真を見てただただ想像を膨らませることしかできなかったけれど

日本から遠いこの国に思いをはせては、まるで初恋のように、心がドキドキして、宙をふわふわと弾んでいるような気持ちになった。


だからこの国に降り立って、空港で口にしたパンが美味しかったことや、思ったよりも日差しが強くて暑いこと、人々と目が合うとニッコリ笑って「どこ行くの?」と意外とウェットな接客をしてくれたことにも

いちいちひどく感動してしまって、ぎゅっと口元を噛み締めていないと、ひとりで笑い出してしまいそうだった。


そのくらい、わたしはモロッコの地に自分が立っていることが、嬉しくて嬉しくて、夢のようだったのだ。


「フナ広場まで連れていって」

と空港の前に止まっていた小さなバスに駆け寄ると、褐色の肌の女性が指を3本立てて「30ディルハム、15ミニッツ」と教えてくれた。


聞きなれないお金の単位にとまどいながらお財布を探していると

「ジャパン?チャイニーズ?」と聞かれ「ジャパニーズ」と答えながらお金を渡すと

この国にくる日本人がよほど多いのか、流暢な日本語で「ウェルカム」と笑ってくれた。


その後も何度もさまざまな場所で ”ウェルカム” と言われることになるのだけれど

なんて安心感のある言葉なのだろう。


わたしも日本に帰って観光客を見かけたら、この言葉をかけてあげようと、心の片隅にそっとメモを残した。

フナ広場に到着すると、土埃ともわっとした暑い熱気が体全体を包んで、気持ちが高まる。

目の前をカパカパと音を立てていくロバを見送って、わたしは今夜泊まる予定の宿へ向かうことした。


重い荷物を無くしたわたしはいつもよりも身軽だったので、

迷路のように入り組んだ道を、迷子になってみたくて、わざと迷うような方向に進んでみる。


そんな天邪鬼なわたしを迎えてくれるのは色とりどりの雑貨と、優しい人々で

何度も何度も夢心地で新しい角を曲がっては、「ウェルカム」とモロッコ人とにっこり笑いあう。

ふわふわ、ふわふわと体も心も町を漂う。


ただただ楽しくて、可愛くて、にやけてしまいそうで。

到着したばかりなのに、わたしはすっかりこの国の虜になってしまった。



「宿はこっちだよ!」と迷子になったわたしに地元の子供達が群がってくる。

当然このあとチップを要求されることを経験上知っていたから「ノー」と強めに言うと、逆にあちら側からも「ノー」と飛んでくるので面をくらってしまった。


片手で子供達を払いのけている自分が、なんだか悪者のような気がしたけれど

ここで払ってしまったら「日本人はしつこくすればお金を払ってくれる」と思われてしまうし、

あとの旅人に迷惑をかけたくなかったのと、そもそも十分なお金を本当に持っていなかったので

心を鬼にして、「ノー」を言い続ける。子供も負けじと「ノー」と対抗してくる。


そんなノーノー合戦に終着が見えなかったので、わたしは宿の手前でしれっと角を曲がり振り払うことにした。


途端、子供達がバタバタと後を追ってくるから驚く。


なんてウェットな町なんだ!


わたしも負けじと歩くスピードを速めて、子供達とのおにごっこが始まる。


結局お金を払うことなく宿に滑り込んだのだけれど、

よく考えてみると大の大人がたかが20円ほどをケチって大運動会を繰り広げるなんて、

すごく間抜けな気がして、あとからおかしくなって笑ってしまった。


こうしてこの旅2回目の日本人宿にたどり着いた頃にはすっかり辺りも暗くなりはじめて、

夕方のお祈り「オーラン」がひっそりと響き始めていた。



古性 のち
OTHER SNAPS