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気持ちを切り売りする事と引き換えに、心を失ってしまうくらいなら【日本・1ヶ月目】

by 古性 のっち

夏の夜のお祭りのように「会おう、会おう」賑やかだったスマートフォンも静けさを取り戻し、
ちいさな波のようだった日常はゆったりと静かに、おさまりつつある。

日本に帰国して、ひと月が経過した。

「やっぱり日本はホッとしますか?」
という質問に首を傾げてしまうくらいに、180日間という期間は、28年間過ごした日本の感覚を忘れてしまうには、あまりにも短すぎた。

ゆるゆると、今日も山手線はわたしを正確に、目的地へと運んでいく。
ガタンコトンと聞き慣れた電車の音と、伏し目がちに画面を食い入るように見つめる人々の顔は
幸せそうにも、不幸せそうにも見えない。

最近どうよ?
と訪ねても少しぽっかりした間のあとに
「まあまあだよ」
と返してくる心は、なんだか安心と退屈が混ざり合ったような響きで、気持ち悪く喉の途中で絡みつく。

なんだか宙にフワフワと、足がつかないこの感覚を、言葉にするのはむずかしい。

順調に流れる日々も、
2ヶ月先に決まった心踊るような企画も、
友達との会話も
色々な場所で語る旅の話も

なんだか心の上の方を滑るだけなような、そんな感覚で。


この気持ちはなんなのか。

本当に安心なのか。

本当に退屈なのか。

はたまた、何かに対する絶望なのか。

「そういえばわたし、スコットランドに留学していたことがあって。あ、スコットランドって、ネッシーが住んでるネス湖があるところなんですよ。知ってますか?」

仕事を終えてふらりと立ち寄ったラーメン屋で、一緒に座った彼女が、

「また、いきたいなぁとおもって」
と、楽しそうに口を開く。

スコットランド。

途端、その可愛らしい響きの国名に、カチリと心がはまる、音がする。
その瞬間、行ったこともないくせに、スコットランドの大自然と大きなネス湖の光景が、頭をわっと支配した。

ああそうか。
わたしのこの気持ちは、「純粋に行きたい場所へ足を踏み出せなくなる自分」
への、焦りだ。

「旅は呼吸をするのと同じくらい、自然とわたしに寄り添っているから」
と言い放った半年前のわたしよりも

「見たこともない景色を、見にいきたいの」
と真剣に教師に相談していた10年前のわたしよりも

今のわたしは、旅との向き合い方がどこか打算的だ。

旅を、何かの手段に使おうとしている。
そんな自分が、不安だったんだ。

旅で、何者かになろうとするのはやめよう。旅を、手段にするのはやめよう。

行きたいところへ行こう。でっかいことをしてやろうだなんて、思わなくて良い。

心のままに。わたしのままで。

心が、ふわりと軽くなる。

アイスランド、いってみたいな。
と彼女に告げて、わたしはラーメンを片手にスコットランド行きのチケットを、そっと探しだした。



古性 のっち
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