まるで呼吸をするように旅をしていた

わたしの言葉に、人の何かを変える力なんてないけれど【日本・1ヶ月目】

by 古性 のっち

「大丈夫だって。誰も何にも思わないって」
「大事なのはまず、やってみることでしょう?じゃなきゃ、状況は変わらないよ」

イラストレーターになりたい、だけれど恥ずかしくて自分の絵を見せることができない。
そうポツリと呟いた女の子に投げた言葉がブーメランのようにわたしに刺さる。

「自分のいいところばっか見せようとしたってさ、そんなの他人は何とも思ってないよ」

偉そうに、ね? とその子に投げかける自分がとても滑稽で、何度も何度も頭の中で響く声に、逃げ出したくなる。

じゃあお前はどうなんだ?と。

見栄っ張りは、昔からだ。
わたしは人にどう思われるかが気になって気になって、しょうがない子だった。
人前にたつと異常な緊張からリンゴのように頭のてっぺんまで赤面した。影で「リンゴちゃん」と呼ばれていたほどだ。

今も人前にたつのはすごく苦手で、逃げ出したくなってしまう。
それなのに人からはよく思われたいときたからたちが悪い。

「のっちさんは、良いですよね。いつもブログの文章も綺麗だし。自信もあるし」
その子が続ける。

「旅も可愛いものばかりだし、キラキラしてるし。羨ましいです」
それを聞くとわたしは満足そうに笑みを浮かべて、そんなことないよ。と笑う。

途端、その後ろにぎゅうぎゅうに押し込められた汚い感情が詰まった箱の蓋が、パタンと閉じる音がした。

”人からよく思われたい”
その呪縛からこの28年間、解放された試しがない。

ライターになった今でも、それは変わらない。書いては消し、書いては消しを繰り返しながら、汚いものは、見えないところに隠すくせが抜けない。

これもあれも、全部だめ。全部わたしが理想に思う「古性 のっち」の感情じゃない。
他人によく思われるためには、この感情は、「わたしのものであってはならない」。

こうして出来上がったわたしは、本当のわたしなんだろうか。
「好きです」と言われるたびいつも、泣いていた。

わたしは変わりたい。
綺麗に塗り固められた感情の表に出たい。
誰かにどう思われるじゃかない。わたしは自分の人生を生きたい。

自分のために。わたしを好きだと言ってくれる人のために。

他人にどう思われるか考えながら生きる人生なんて、本当に自分の人生だと言えるんだろうか?

もう、偽りのわたしを作りつづけるのはやめよう。
他人にどう思われるか、ビクビク生きるのはやめよう。
そう思ったキッカケはきっと、旅した180日間だ。

いろんな経験と、いろんな人が、真っ直ぐにわたしに向き合って”与えてくれた”。

まずは一歩。ちいさな一歩。
イラストレーターになりたいあの子が、震える手で、SNSに自分の作品を投稿をしたように。

わたしには魔法のような言葉も、力も、なにもないんだけれど。
もし、どこかに、私と同じように「他人の人生」を生きてしまっている人がいるならば。
わたしは、かっこ悪くても背中を見せたい。


汚いことも、苦しかったことも、どんなに自分がダメなのかも、ぜんぶぜんぶ。
空気にちゃんと溶ける嘘偽りない素直な言葉で、綴るよ。

旅した180日間。
このgoatにはわたしの思う「古性のっち」として相応しくないであろう旅綴られた記事がたくさん眠ってる。
まずはもう、全部全部はきだそう。

そうして改めて、改めてわたしを本当に好きになってもらおう。

さあ。何から書いてしまおうか。