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魔法の杖を持った男 ー チェコ・プラハ

by 古性 のち

彼と出会ったのは、プラハの中では中堅くらいに位置する安いドミトリーだった。
そのドミトリーはログハウス調のまるで小人の家のような可愛らしい雰囲気で、それが原因なのか、泊まる人々の心をいとも簡単にやんわりとゆるめてしまう不思議な力があった。

わたしもその力に引っ張られてか、滞在を2日、3日、5日、10日とずるずる延ばしてしまい
気がつけば共有キッチンの冷蔵庫には、わたしの名前が書かれた食材が所狭しと並ぶようになっていた。


「僕はチェコに住んでるんだけど、プラハじゃないんだ。プラハには、仕事できてる」
滞在2日目。わたしのベッドの斜め前に、すらりと伸びた背丈の、簡素な格好でやってきたのがフランタだった。
彼はよく、わたしの前でPCを広げながら、美しい日本が大好きだと、嬉しそうに京都や沖縄、北海道の写真をうっとり眺めていた。

「お昼、一緒に食べようよ。キッチンで作ろう」
いつものように観光をしていたわたしのケータイに、フランタからメッセージが来る。
ベジタリアンの彼に合わせ、わたしは近くのスーパーでトマト缶とパスタ、モッツァレラチーズを手に取り宿へ急ぐ。

ちいさなキッチンで片言の英語を交わしながら、フランタが笑顔で
「僕はのぞみのこと、好きだよ」
と新鮮なプチトマトに包丁を入れる。

「ありがとう。だけどダメダメ。わたし多分、フランタより年上だよ」
わたしは右手をぶんぶん振りながら、パスタの封を開けた。
鍋を火にかけると、お湯がふつふつと楽しげに、底から小さく踊りだす。

「年上?いくつ上?」
フランタが続ける。

「今27。フランタは学生でしょう?23くらい?」
と返すと、21だよとジェスチャーで教えてくれた。

ほらね、と返すわたしに、フランタがきょとんとしながら包丁の手を止める。

「6個だけ?」

「6個”も”でしょう?日本の男性はここで必ず言うんだよ」

結構年いってますね、って。

そう自分でつぶやいた途端、年を聞いた瞬間にガッカリして距離をとる、過去に出会った男性たちが走馬灯のように通り過ぎていく。

少し良いなって思ったあの人も。
旅先で出会ったあの人も。
わたしがあの時、もう少しだけ若かったら。

そんな思いが、なんだかねっとりと心に絡みついて少しだけ苦い味を放った。

「6個なんて同い年と一緒でしょ」
耳を疑うような声が発せられ、わたしが勢いよく横をみる。
するとフランタはケロリとした表情でこちらを見つめていた。

「僕はのぞみが可愛いと思った。だから好きになった。年が違うことが何か問題なの?」
フランタが続ける。
「年が違うから、ダメってどういうこと?理解ができない」
その言葉は、あのときこっそりわたしが心の中で叫んだもの、そのままだった。

ねえ。なんで女性が年上だといけないの?
なんで結婚をしていないとそんな冷たい目で見られるの?
なんで年齢で値踏みするの?
ねえ、なんで?

「だったらさのぞみ、チェコに住めばいいじゃない」
ねえ?とゆるゆる笑いながら彼が、パスタをお皿に器用に盛る。

「そしてゆっくり僕のことを好きになればいいじゃない」

わたしたち、出会ってまだ3日だよと笑うわたしに向かって、
今度はなぜ出会ってすぐに好きになってはいけないのかを、フランタが聞いてくる。

だから日本は少子化が進むんだよと、大真面目でつぶやく彼に、
わたしの心がなんだか、ゆるりと少しだけ、広がった気がした。




古性 のち
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