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朝というご馳走を味わえるひとは、幸せの作り方を知っている

by 古性 のち

 朝はやく目覚めるのが、とにかく苦手だ。 

それが一体いつからそうなったのかはわからない。だけれど、物心ついた頃にはすでに、”朝早く起きる”という行為とは、犬猿の中だったように思う。 

「早起きは三文の得」と何度も教えてくれた親に対して「そんなの、信じるもんか」とはすに構え、部活の朝練も、友達との待ち合わせも、とにかくギリギリまで眠っていた。  

そんなわたしが「どうやら早起きは三文の得らしい」ことに気がついたのは、30代が間近になった今年。旅に出るようになり、朝を知らない町で迎える機会が増えてからだった。 

知らない食べ物の匂いとか、町の雑踏やお祈りの声に、ベッドの中でぱちりと目が覚める。時計をみるとまだ6時。一瞬すこし考えてから、体をうんと伸ばし、身支度を簡単に済ませ、町へと出かける。

インドの早朝は、アッツアツで激甘の道端で売っている30円のチャイを飲みながら、「やあ。今日も早いね」なんて挨拶を交わしたりネパールの早朝は、部屋の窓からうっすら雪をかぶったヒマラヤ山脈がお出迎えしてくれた。  

どの国の朝にも、昨夜の残り香がほんのちょっぴりだけ残っていて、なんとなく、夜と朝の隙間にいるような世界に、心踊るのだった。

景色もひとも、誰にもまだ汚されていない朝の時間は、必ずといっていいほどポジティブな空気を連れて来てくれる。 

朝しか得られないエネルギーを、たくさんくれるのだ。 

それくらいに、朝が持つパワーは強大だ。 

あのポジティブな気持ちを考えると、早起きには三文どころではなく、相当な得が詰まっているのでは、といつも思う。あのワクワク感を、この年齢になってから気づくなんて、実にもったいない。なんて思いながら、わたしは少し悔しい気持ちになる。 早起きのご褒美を知っているひとの人生は、知らないひとより、確実に豊かだ。

眠い目を無理やりこすり、朝のご褒美を全身にあびにいく。

きっとその、少し自分に鞭打つ行為は、あなたの人生に、三文、いや百文の幸せとなってかえってくるだろう。

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