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寒い機内と、鈍った旅の感覚と【日本からバンコクへ】

by 古性 のち

汗をダラダラとかく。
冬のあいだ、縮こまっていた自分が、やっと冬眠から目覚めて、溶けていくような気がした。

午後16時。
朝9時到着予定だったバンコク行きの飛行機は、約1時間遅れて成田空港を出発した。

寝不足満点で乗り込んだ機内はキンキンに冷えきっていて、とてもじゃないけれど、快適とは言いがたい。
わたしの割り当てられた通路側の4C席は、右隣も、通路を挟んで左隣も、中国人らしき女性に挟まれている。

座る時に、隣の女性と目があうと、ニコリと微笑んでくれた。
わたしもつられてニコリと微笑む。

「東南アジアでは、エアコンが効いているほど儲かっている証拠だから、容赦なくみんなエアコンをかけるんだよ」
初めてタイに訪れた時に、なぜこんなにカフェが冷えるのかと震えながら尋ねたわたしに、
当時滞在していたコンドミニアムの日本人男性が、教えてくれた。

あの寒さを、嫌というほど経験したはずなのに。
そんなこともすっかり抜け落ちてしまうほど、わたしの感覚は、旅から遠ざかっていたのかもしれない。

1時間ほど飛んだところで、耐えられなくなり、両足を、着ていたジャケットでぐるりと覆う。
先ほど微笑んでくれた女性をチラリと盗み見ると、どうやら彼女も相当に寒いらしい。何重にもかさなったストールで、ぐるぐるになっていた。
席の上で体育座りをすると、太ももにすこし足先が触れる。自分でもおどろくほどに、氷のように冷え切っていた。

だんだんと、機内も芯から冷え切っていく。
もはや我慢大会となった乗客たちの耳に届いた「現地での気温は、34度です」のアナウンスに、機内が、おおっ、と少しばかり喜びの声に包まれた。

席で寒さと戦いながらウトウトとまどろんでいると、目の前が明るくなったような気がして、ハッと目を覚ます。
右の窓に目をやると、夕陽が細く機内を照らしている。
飛行機のちいさな窓が着陸に向けすこし傾いて、下には田んぼが広がっていた。

ああ、まだバンコクも田舎なのか。と、気づくと独り言が漏れ出していた。
ふと周りを見回してみると、いつの間にか、みんな目をこらして窓の外をじっと見つめている。
窓際の席ではないひとも、必死に雲に目を凝らす。

みんな空に、どんな想いをはせているのだろう。


飛行機がすこしガタガタと揺れながらドンムアン空港に到着したのは、到着予定時刻を2時間ほどオーバーした、16時近くだった。乗客たちはおもむろに通話をはじめたり、我先にと荷物を降ろそうと席をたつ。

わたしも、大きなリュックを上の棚からひとつ降ろすと、出口へと急いだ。

1歩飛行機を降りて深呼吸すると、途端東南アジアの、独特な匂いを含んだ、あたたかい空気が身体中に染み渡った。

久しぶりのその香りをめいっぱいに吸い込み、ちいさく「ただいま」とつぶやいてみる。
既に傾き始めた太陽が、ドンムアン空港をオレンジ色に染め上げていた。




古性 のち
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