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#56 穏やかな鮮やかさに酔いしれて【ネパール・カトマンズ】

by 古性 のち

「この街好きだ」とか「この人好きだ」の直感は、何故だか外れない。
きっと、言葉では説明不可能な、深く深く遺伝子のレベルで惹かれているのだろう。
この街とも同じように、深い根っこの部分で相思相愛になれると良いな、と、そんな図々しいことを思わずにはいられないほどに、このカトマンズという街は、わたしの心の真ん中に、さくっと小気味良い音を立てて刺さった。

翌朝、7時に目を覚ました。
昨日はあまりの眠気に、日付が変わる前には寝てしまったから、ものすごく健康的な睡眠を取ったような気持ちになって、嬉しくなる。しかしふとネパールと日本の時差は3時間もあることに気づいて、律儀な私は、日本での生活リズムをなぞっているだけなことに気づいた。

「おはようございます」
宣言通りにベッドの隅っこで丸くなっていた彼も、ほぼ同じタイミングで目を覚ます。

外に出ると、まだ微睡んでいる陽の光の中、何人かの宿泊客が朝ごはんを取っていた。
宿の朝はとても静かで、のんびりと穏やかな時間が流れている。
少しだけ空気がひんやりしているのに気づき、やはり山脈が近いだけあるなと、ヒマラヤの存在を思い出した。

ゆっくりと朝ごはんを運ぶ従業員たちを監視するように、丸々と太ったスズメ達が、パタパタとはためく旗の間からこぼれたパン屑をじっと狙っていた。
キョロキョロしていると、昨夜美味しいレストランを教えてくれた青年と目があう。
「モーニン」と話しかけると「ナマステ」と笑顔で返ってきた。

ブラック?ミルク?本当に?卵は?…オムレット?バナナはいらないの?なんで?

ケラケラと朝から賑やかに笑う、短い黒髪の癖っ毛を揺らしながら、スタッフが、嵐のような賑やかなオーダーが厨房に通る。
出てきたメニューには、断ったはずのバナナがのっていて、ミルクね、と繰り返されたはずのティーは、ストレートだった。大人しくそれらを頬張る。
これが日本だったら「オーダーと違うんですが…」と声をかけるか、一瞬、顔を曇らせるだろう。
だけれど「ネパールだから」と受け入れられてしまうから、旅は面白い。
こういう経験を繰り返して、旅人はゆらりくらり、大したことでは動じない、広い心を手に入れてゆくのだろう。
最後に頬張ったオムレツは、とびきりの薄味だった。

簡単な身支度を終えて、町へと繰り出す。今日はどこへ行こうかと話かけると、彼は行きたいカフェがあるという。心がうずっと動く。
その街の、とびきりお洒落なカフェを探す行為は、私にとって、多分、宝物を探す感覚に似ている。
素直にその流れに、わたしも乗っからせてもらうことにした。

昨日通った薄暗い路地裏には木漏れ日が差していて、少しだけ、表情を変えていた。
そよそよと真ん中に立った大きな木が光を受けて揺れていて、葉が床に影を落とす。
私たちの足音に気づいたリスが素早く木に登るのを目で追いかけると、木の間から、少し煙たい太陽の光が見えた。その様子を、ゆっくり見届ける。

ぬるりと少し滑りを帯びた土を蹴って、前へ前へと進んでいくと、目の前がクラクラしそうなくらいの、色のシャワーが飛び込んできた。

はためく5色の旗。
通りゆく人々の、ピンクや紫の服。
リキシャのハンドルには花束が踊り、手を繋いで歩く男性たちの頭には、ビザのカウンターで見かけた可愛いコックさん帽子がちょこんと乗っている。

クラクションの音と舞い上がる砂埃の向こうに広がるそれらは、何だか幻想のようで、私達は、夢中でシャッターを切った。



古性 のち
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