#59 埃をかぶった銃を手にした日。わたしとこの国は、少し似ているような気がした【カンボジア・シェムリアップ】

その国に馴染むことに精一杯な1度目。
1度目に目に入らなかったものたちが見えてくる、2度目。
そしてその国の、すこし深いところに触れることになる、3度目。
2年ぶりに訪れたカンボジア・シェムリアップの暖かい、東南アジア特有のもあっとした空気は何だか日本の沖縄に似ていて、わたしの体は拍子抜けするほどするりと、すぐにこの国を受け入れた。
トゥクトゥクが遠慮がちに立てる砂埃と、赤土。
「コンニチハ」
話しかけると、片言の日本語を使いながら、柔らかい笑顔で返してくれるカンボジア人たち。
強い主張をしてこない、素朴で、やさしい、ちょっぴり働くことが嫌いなこの国のひとたちが大好きだった。

「タイとカンボジアの国境付近を見に行かない?」
そんな提案をしてくれたのは、2年前にこちらで出会ったカンボジア人の友人だった。
「国境って、危なくないの?」
と尋ねるわたしに、
「山には今もたくさんの地雷が埋まったままになっているけれど、人が入れるところは、危なくはないよ。」
と教えてくれた。
地雷。その言葉に、そういえば昔「地雷ではなく花をください」という本を、読んだことを思い出した。
頭の中に、爆発する、すっと恐ろしい場面が通り過ぎていく。
だけれどわたしは、もう少しだけこの国の深いところを覗いてみたくなり、同行することにした。

街から車で3時間半。車を止め、国境となっている山へと上がっていく。
上になにがあるのかもわからないまま、1000段以上あるらしい長い長い階段を、ひとつずつのぼる数十分の間、誰とすれ違うこともなかった。
国境付近のこの山のほとんどがタイの敷地になってしまっている話をその間、友人からポツリぽつりと聞く。
「5年前まで、タイはカンボジアに攻めてきた。今もカンボジアの遺跡を、自分の国のものにしようとしているんだ」
友人からそんな言葉が漏れる。
「そんな最近まで?知らなかった」
と驚くわたしに「あんなにタイに行っているのに?」と、彼も驚いて言葉を返してきた。
その言葉に途端、とても恥ずかしくなった。

頂上にたどり着くと、そこにはひとりの男性と、粉々になった遺跡がひとつあるだけだった。
「彼はここを、タイの侵略から10年間守っているんだよ」
と教えてもらう。
粉々に砕かれた遺跡はどうしたのかと尋ねると、彼はまっすぐタイの国境を指差した。
彼が住んでいるという小屋の中には、埃をかぶった銃がひとつ、国境に向けられセットされていた。
「これは本物?」「今も使っているの?」と何度も尋ねるわたしに
「のぞみは本当に、何も知らないんだね」と、言葉が帰ってくる。

「こちらは何もしていない。穏やかに暮らしたい。けれど、そうさせてくれないんだ。」
「この山は誰のものでもないはずなのに、もう2m先は、僕らの土地ではない。違う国なんだ」
悲しそうに話す彼が、やさしく笑う。
争うことが嫌いな彼ら。いつも素朴に暮らしていて、なのに気づけば、強い力に飲み込まれている。
山をとられ、川をとられ、遺跡を壊され。
きっと彼らが作ってきたであろう文化たちも、声の大きな周辺諸国に飲み込まれ、失ってきたのだろう。
それはなんだか、東京で疲弊する私自身とゆるりと、どこか重なって。
持ってみる?と渡された玉の入っていない銃を手にしたとき、わたしはこの国が自分と、何だか似ているような気がして、途端愛おしくなった。

古性 のち